四〇○年 時空の旅人
(Joy since 04.01.2003)
歌舞伎発祥400年。阿国は当時最先端の変わり者、つまり“傾(かぶ)き者”だったのに、今では伝統芸能なんて骨董品めいた響きに敬遠されがちな歌舞伎。とはいうものの江戸時代から生きてる役者がいるわけじゃなし。80歳超のベテランもいるが平成生まれの子供まで幅広い年齢層の現代人が演じてるんだもの。コンビニに携帯電話の普通の生活から江戸の暮らしへと、自在に行き来し変身する歌舞伎役者はまるで時の旅人のよう。そんな旅をちょっとのぞいてみよう。旅人のひとり、坂東弥十郎さんに根掘り葉掘り。(Joy)

野田さんの新作歌舞伎

八月納涼歌舞伎上演中の楽屋でおはなしを伺いました。
 (2003年8月24日16時〜 歌舞伎座楽屋にて)

■ 野田歌舞伎2作目ですが台本を読んだ第一印象は?

さすがに野田さんだなぁと。本、すっごい面白いですよ。読みながら一人で笑ってました。

■ いわゆる新作歌舞伎(※1)と野田さんの本とは違いますか?

それは違いますよね。

■ 受け止め方も違う?

まぁそうですね。

■ 前作「研辰の討たれ」の評判が良かったことは考えましたか?

我々の立場は演出家に任せて、本が来るまでは余計なことは考えないです。

■ 観る側はどうしても意識してしまうのですが

そうですね、それはだから演出家としてでも作者としてでもあっただろうし、主役の人もそうでしょうね。一本目があれだけよく受けたものですからね。それに対して考えることもあるでしょう。でもそんなこと言ってたら新しいもの作れないですからね。

■ 黙阿弥の「鼠小僧」(※2)自体は劇中劇だけで今回の作品は全く違うお話ですね

もう最初から野田さんの芝居って考え方ですから。全く別物として考えてます。

■ ストーリーが「クリスマス・キャロル」に似てるようですが

そんなこと言ってました。(野田さんが)最初から意識されたのか書いてるうちにそうなったのか...はじめのうち三太という名前って言うのはサンタクロースと掛かって面白いねって勘九郎さんと野田さんとで話があったのが野田さんの頭に残っててそうなっていったんだと思います。やっぱり頭が凄くいい方ですね。

■ もとの鼠小僧も冬のお芝居ですよね

そうです。研辰は秋の芝居で(舞台)全部が紅葉でしたし。

■ 納涼歌舞伎なのに(笑)

それも面白いんじゃないかっていう話なんです。

■ これからもわざと外していくのでしょうか?

判らないですけどね(笑)まぁ2作が偶然そうなったんですが、そういうのを使っていくのが野田さんの上手いところですね。

■ 組合わせが「どんつく」でこちらも冬の舞踊劇でした。季節を合わせたのですか?

いや、別にそういう訳じゃないと思うんですが。鼠小僧の出演者が皆一応顔を見せて、野田さんの芝居を観に来た人も、それだけじゃない歌舞伎っぽいものを観て両方楽しめるのがいいんじゃないかっていう番組の作り方だと思いますよ。

■ 最後の場面の『ホワイト・クリスマス』は尺八ですか?

はい、尺八です。研辰では胡弓でした。(※3)

■ こまかいギャグが多かった様に思うのですが台本ですか?

稽古中に増えたものもありますし、いろいろですね。

■ 若い方が活躍されてましたね

だいたいが八月は若手の公演ですからね。

■ 七之助さんの海老反り凄かったです

あれは彼が自分で考えたんですよ。良かったですよね。

■ お稽古の期間は長くやられたのですか?

そうでもないですね、2週間位です。

■ 初日近くは深夜まで続いたそうですが

他の舞台(一部二部)があるじゃないですか、それと兼ね合せて舞台稽古をやっていると初日近くはどうしても遅くなっちゃうんです。

■ お芝居が初日に拝見した時と昨日(23日)とで変わった個所がありましたが

野田さん毎日観てらっしゃいますから、やってるうちに変わったこともあります。

■ セットでも背景にサンタクロースの絵が登場していて驚きました

そうですね。舞台稽古とか見て野田さんが考え付かれたのか舞台装置家が考えたのかは判らないですが、初日開いた位にもとになる絵を作って(野田さん達が)相談されてるのをみて、「あぁ面白そうだな」って思いました。

■ 舞台を観てから考え付いたことがあるのですね

そういうのはだから、芝居って作ってくうちに気が付くことがいっぱいあるので。

■ 大掃除の場面で水色の手拭いや前掛けなどが増え色彩が華やかになりました

あれ(水色)は長屋の人達が身に付ける。一目で長屋の人とわかるように。それはひびのさんからの指定じゃないですか。御覧になってくうちにそういう所を変えてるんでしょうね。だから進化してると思いますよ。

■ これからも変わるところがある?

かもしれないですね。それはもう、やっぱり、あと何日で楽なんだからもう今から変えることないじゃないか、なんていうような芝居の作り方は絶対していないですから、野田さんも勘九郎さんも。千穐楽でもいいって思ったことはその日にやる。だから生物(なまもの)です。ほんとに。

■ 新作だからいろいろやることが出来るのですか?

いや、これは別に例えば何十年後に再演されても、その時の演出家の気持ちがまたそうじゃなければ変わるだろうし、それが新作であるからではないと思います。まだ、確かに新作の場合の方が練っていく段階だったらそういう新しいことをする確率は多いかもしれないけれど、でも新作だからというのではなくて。

■ セットが面白いですが台本に指定されているのですか?

いゃそれは、野田さんが装置家と相談してることなので。もっと漠然とですね書いてあります。具体的にこれはどうするのかな?っていうのは野田さんが考えてるんだろうなって。

■ かなり高低差の出るセットです

歌舞伎座がもうちょっと高さが使える劇場なら三階でも見えるんですが、どうしても歌舞伎の舞台は横を使うことが多かったので、奥行きと高さを使える小屋だったらね、また色々面白いんでしょうけれど。

■ 上ったり降りたりたいへんでは?

結構最初に書く頃から話を聞いてたりしたので、舞台装置の模型見ながらお稽古してたので違和感なくずっときてますね。

■ 芝居小屋の前にある紗幕に描いてある絵は何かのもじりですか?

判らないです。芝居絵があるじゃないですか、昔の。それを真似て現代的に描いたんじゃないでしょうかね。悪戯書きなども含めてそれで芝居小屋の外の町の雰囲気を出したんじゃないでしょうか。

■ 群集対三太というラストシーン。全員客席に顔を向けているのにちゃんと三太を観ているんですよね。あの二階建の構図(※4)も面白い。

あれ、三階の方達は見えないでしょうけどね。舞台稽古の時少しずつやったんですが、でもまぁ演出家はそれは割り切ったんだろうと思います。

■ 一階から観るととても迫力がありました

そうでしょうね。それを採ったんだと思います。

■ 藤太郎という、いい人と思われていて実は悪人という役はいかがですか?

面白いです。ただ悪い人のタイプがいっぱい出てくるんで − 大岡越前が一番悪いし、與吉って人もすごく悪い − そこで僕があんまり大きい悪い人になっちゃうといけないので、歌舞伎で言うと端敵(はがたき ※5)っていうんですが、ちょっとこう、なんて言うんだろ、難しい所ですよね。

■ そういえば、どうして藤太郎はおらんと夫婦になったんでしょう?(※6)

その辺りは書いてないんですが。おかみさんを追い出せば自分のものになる、って言ってるのは、僕の解釈としては、追い出そうと思っていたところを、おかみさんが僕にくっついてきた。じゃぁしょうがないからお店と一緒に引き受けたと考えてます。ストーリーから抜けている所で、我々がそう思ってお芝居してるということです。そこをやり出すとまたね、舞台ではどうしても削らなければならない部分があって。そこが結構僕の役には多かったんですよね。

■ ポンポンと抜けてますよね

出るたんびに確かに違う立場ですから。そこをなるべく違和感無いようにしないといけないし、変にずっと役の気持ちを最初から繋げて考えると、最後の場面とかある意味で群集の芝居じゃないですか。そこまた変わっちゃうでしょ。その中で出来なきゃいけないから。

■ 最後は群集のリーダー的な役割でした

なるべくそう見えない様にしようとは思ってますけどね。まぁ役の範囲内で。

■ 大岡と三太が何か言う度にコロコロ態度が変わる、いかにも群集らしい心の動きでしたね

そうですね。だからそれがみんな上手く出来てるんじゃないですか?歌舞伎でそういう芝居をやることは滅多にないですから。みんな普段はああいう反応(※7)はしない方がいいって言われていますからね。

■ 衣装も揃いではないので視覚的にも集団というより個人個人の集合にみえました

そうですね。この人(ご長男の新悟くん ※8)なんかいい勉強になったんじゃないですか?(野田作品に)初めて出て群集の役だったですけれどね。図体ばっかりでかいですが、まだ12ですからね。

■ 御一緒に出てらしていかがですか?

いやもう舞台に出ちゃえば別々の役者ですからね。まぁ今回自分でお化粧もできるように舞台に馴れるように、そういった意味では良かったと思いますよ。群衆の中で反応しないと逆に一人目立っちゃいますからね、悪く。もともと物にあまり反応しないのが(笑)一所懸命反応して芝居するように。そういうところも勉強になったんじゃないかな。

■ 新悟さん今回は娘役ですね

身長があまり大きくさえならなければ、ずっと真女形(=女形を専門にやる役者さん)でやらせようかと思ってますけど。10月(平成中村座)も女形です。動き方とか仕草とか何にも教えてないんです、今回は。でもちらっと見てると違和感ないので。顔も自分でしてる割にはね。僕が12の時にはとんでもない、自分じゃ出来なかったです。18くらいまで一人じゃ出来なかったですもの。

■ 教えないでもできるようになった

まぁ勉強として。そういった意味でも今回良かった。いろいろな見方が出来る役で。ぼ〜っとしてる感じですが、お稽古も欠かさずに見ていて、休憩でどこかへ外れたりしないでずーっとお稽古場の端っこの方からみてました。

■ 新悟さんのほかにも子どもが大勢登場しますが役者さんのお子さんですか?

いぇふつうの子役さんです。

■ さん太を演じた清水君は歌舞伎の舞台でよく見掛けます

あぁ大希。彼、しっかりしてるんで、彼を使いたいっていう役者さんが多いんですよ。ただ今回は野田さんがオーディションで選んだんです。勘九郎さんは何も言わなかったのにオーディションして残ったのが彼だった。本当に偶然。それだけ彼が良かったということです。10月の骨寄せ(加賀見山再岩藤のこと)は彼が出るので演目が決まったようなものです。

■ 小柄ですがお幾つでしょう?

4年生くらいかな?子役は小さい方がいいんです。歳いってて小さい方が可愛く見えるし、しっかりしてるし。

■ 9月はお休みですね

一月丸々お休みというのは6年ぶりです。

■ お好きな山に行けますね

何とか行きたいなと思ってるんですけど、なかなか。できたらスイスとか行きたいんですけど。何にも決まってないのにトーマスクックだけは買ってあるんです(笑)

※1 新作歌舞伎

明治中期以降に座付の狂言作者ではない劇作家によって書かれた戯曲を「新歌舞伎」と称し、第二次世界大戦以降の作を「新作歌舞伎」と呼ぶこともある。一口に新歌舞伎と言っても初期の作品と2003年の作品では200年近い隔たりがある。

※2 野田版 鼠小僧

河竹黙阿弥の「鼠小紋東君新形(ねずみこもんはるのしんがた)」通称「鼠小僧」を冒頭の劇中劇に持ってくることで物語世界を膨らませ、芝居としては全くの新作となった。

 人に施しをすると死んでしまうが口癖で吝嗇な棺桶屋の三太。善人や人格者ぶっている人々が実は腹黒い悪人だったことを知り盗みを働いたが、行き違いから芝居で観た鼠小僧の真似をしたため罪の無い老人が捕まってしまう。そのせいで孤児となった老人の孫■さん太に出会い彼が老人が言い残した「鼠小僧が空から小判を降らせてくれる」のを信じている姿を見て初めて施しをする気持ちになるが...

※3 胡弓の演奏

「野田版 研辰の討たれ」のラストシーンでは胡弓によるオペラのアリアが流れ、悲しげな音色が効果的だった。もちろん毎回生演奏。

※4 二階建ての構図

三太が裁かれる所謂お白州の場面、奉行所の建物の上に野次馬がぎっしり並び、両脇に張られた幔幕の所々に裂け目を入れて野次馬が覗き込んだり忍び込んだり。全員が正面(=客席)を向いているので観客も大勢の目に晒されている気持ちになる。

※5 端敵

敵役でもお家乗っ取りなど主役級の悪人を実悪(じつあく)といい、実悪の手下などを端役の敵役という意味で端敵と呼ぶ。歌舞伎の敵役は良い人ぶっていても一目見て悪人とわかる着付や化粧をしているのが通常だが、「野田版 鼠小僧」では見た目も善人で正体を現わすと同時に羽織を裏返して般若面を見せた。

※6 お店の相続

藤太郎は與吉が死んだ辺見勢左衛門の財産乗っ取りを手伝った礼に辺見の妻を追い出して店を貰う約束をしていた。

※7 群集のうごき

三太の取調べで大岡と三太が何か言う度に野次馬達がどっちが正しいとかざわざわと喋る。その場で聞いているのだから当然に思えるが、歌舞伎でのその他大勢はじっと居るだけで言葉も発しない。

※8 坂東新悟さん

長屋の娘・お新を演じていた。平成2年12月5日生まれの12歳だが既にお母さんより背が高い。10月の平成中村座では夜の部「人情文七元結」で長兵衛の娘お久を演じる。

    感想メール待ってま〜す(Joy)
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